前回の「コーヒー豆図鑑」では、世界地図を片手に、各大陸のコーヒーが持つ大まかな個性について旅をしました。今回の「宅カフェ向上委員会」の活動は、その地図をぐっと拡大し、一つの大陸、一つの国に焦点を当てて、その土地が育んだ香りの深淵を覗き込む、より専門的な探求の旅です。
その最初の目的地として、私たちは「中南米」を選びました。
なぜなら、このエリアは世界のコーヒー生産量の半分以上を占める、まさにコーヒー世界の中心地であり、その表情は驚くほど多様だからです。毎日でも飲みたい、ナッツのように親しみやすい一杯から、人生観を変えるような、香水のような香りを放つ究極の一杯まで、すべてがこの中南米に存在します。
こんにちは。「宅カフェ向上委員会」委員長です。
この記事は、単なる産地紹介ではありません。あなたが次にコーヒー豆を選ぶとき、その豆の背景にある、より深い物語や個性を理解し、コーヒーショップの店主と対等に語り合えるほどの知識を手に入れるための、マニアックなガイドブックです。
さあ、中南米コーヒーの、奥深く、魅力的な世界へ一緒に踏み出しましょう。
【王道と安定】まずはここから。中南米の二大巨頭
コーヒーの世界を探求する上で、決して避けては通れない二つの国。それがブラジルとコロンビアです。その安定した品質と圧倒的な生産量は、世界中のコーヒー文化の基盤を支えています。
ブラジル – ナッツとチョコの、絶対的安心感
入門記事で「バランスの優等生」と紹介したブラジル。その魅力の源泉は、広大な国土と、そこで主流となっている「ナチュラル(非水洗式)」精製にあります。特に「セラード」地区などで作られるコーヒーは、果肉の甘みをたっぷりと吸い込み、ナッツやチョコレートを思わせる、香ばしく、どっしりとした甘いコクを生み出します。酸味は非常に穏やかで、多くの日本人にとって「ホッとするコーヒーの味」の原点と言えるでしょう。
【注目ポイント】 スペシャルティコーヒーの世界では、「ダテーラ農園」などが有名。また、「ブルボン・アマレロ」といった、黄色く熟す希少なブルボン種は、通常のブラジルコーヒーとは一線を画す、蜜のような甘さと複雑な風味を持ちます。

コロンビア – マイルドのその先へ。多様性の探求
「マイルドコーヒーの代名詞」として知られるコロンビア。その背景には、FNC(コロンビアコーヒー生産者連合会)による徹底した品質管理があります。主流は「ウォッシュド(水洗式)」精製で、これにより雑味のないクリーンで、バランスの取れた味わいが生まれます。
しかし、近年のコロンビアはそれだけではありません。アンデス山脈がもたらす無数のマイクロクライメット(微気候)により、地域ごとに驚くほど多様な個性が花開いています。南部ではベリーのような果実味豊かなコーヒーが、北部ではチョコレートのような力強いコーヒーが生産されるなど、「マイルド」の一言では語りきれない、新たな魅力の探求が始まっています。
【華やかさと複雑さ】個性が光る、中央アメリカの宝石たち
ブラジル、コロンビアという南米の巨頭から少し北へ。中央アメリカに位置する国々は、小さいながらも、それぞれが宝石のような輝かしい個性を持っています。
グアテマラ – 火山が育む、リッチなフレーバー
30以上もの火山を有するグアテマラ。その火山性のミネラル豊富な土壌が、コーヒーに複雑で豊かな風味を与えます。特に世界遺産の街で知られる「アンティグア」地区のコーヒーは、リンゴやオレンジを思わせる明るく華やかな酸味と、スモーキーでスパイシーなアロマ、そしてチョコレートのような後味が特徴。ただクリーンなだけではない、幾重にも重なるフレーバーの層は、多くのコーヒーファンを魅了してやみません。

コスタリカ – 甘みの革命「ハニープロセス」の聖地
スペシャルティコーヒーの世界で、近年最も注目されている精製方法の一つが「ハニープロセス」です。これは、コーヒーチェリーの果肉の粘液質(ミューシレージ)を残したまま乾燥させる方法。残すミューシレージの量によって「イエローハニー」「レッドハニー」「ブラックハニー」などと分類され、その味わいは蜂蜜や黒糖を思わせる、非常に濃厚で甘いものになります。
このハニープロセスを、いち早く研究し、その品質を高めてきたのがコスタリカです。クリーンでありながら、驚くほど甘く、シロップのような滑らかな口当たり。コスタリカのコーヒーは、「甘み」というものがコーヒーの品質においていかに重要かを、私たちに教えてくれます。
ホンジュラス – 急成長する、スペシャルティの新星
かつては量産地としてのイメージが強かったホンジュラスですが、近年、国を挙げた品質向上への取り組みが実を結び、世界有数のスペシャルティコーヒー生産国へと急成長を遂げています。その魅力は、なんといっても多様性。チョコレートやキャラメルのようなクラシックな風味から、ジャスミンのような華やかな香りを持つものまで、訪れる地区によって全く違う顔を見せます。まだ価格がその品質に追いついていない、コストパフォーマンスの高い素晴らしいコーヒーが見つかる、今最も注目すべき国の一つです。
エルサルバドル – 甘く優しい、「ブルボン」と「パカマラ」の郷
エルサルバドルのコーヒーは、まるで太陽のように明るく、優しい甘みが特徴です。特に、コーヒーの原種の一つである「ブルボン種」の品質には定評があり、オレンジのような爽やかな酸味と、キャラメルのような滑らかな甘いコクを生み出します。
また、豆が極端に大きいことで知られる「パカマラ種」も、この国を代表する品種です。その大粒の豆から抽出されるコーヒーは、複雑な果実味と、ブラウンシュガーのような甘い余韻が長く続きます。派手さはありませんが、毎日でも飲みたくなるような、心安らぐ優しさに満ちたコーヒーです。

【究極と伝説】一度は訪れたい、伝説の地
最後に、中南米エリアの探求の旅の終着点として、すべてのコーヒー愛好家が憧れる、伝説の国をご紹介します。
パナマ – 世界最高峰「ゲイシャ」が生まれる場所
「ゲイシャ」という品種の名を、あなたも一度は耳にしたことがあるかもしれません。その伝説が始まったのが、このパナマです。もともとはエチオピア由来のこの品種が、パナマの「エスメラルダ農園」の手に渡ったことで、世界は奇跡を目撃します。
その香りは、コーヒーのそれとは到底思えないほど、圧倒的に華やか。ジャスミン、ベルガモット、パッションフルーツ…まるで高級な香水やフルーツティーのようなアロマが、カップから立ち上ります。その衝撃的な味わいは、国際品評会で当時の史上最高価格を記録し、一夜にしてパナマ・ゲイシャは世界の頂点に立ちました。
現在では、「Ninety Plus」など他の農園も素晴らしいゲイシャを生産していますが、その価格は依然として非常に高価です。しかし、その一杯がもたらす感動体験は、まさにプライスレス。人生を変える一杯と出会いたいなら、その旅の目的地は、パナマにあります。

まとめ:中南米コーヒー、次の一杯はどう選ぶ?
ここまで、中南米という広大なコーヒーの世界を、より深く旅してきました。
一口に「中南米のコーヒー」と言っても、その個性は国ごとに、農園ごとに、そして品種ごとに、万華鏡のように変化します。その違いを理解することが、”自分だけの美味しい”を見つけるための、何よりの近道です。
- 毎日飲む、安心できる一杯が欲しいなら、ブラジルやコロンビアへ。
- 華やかで、心躍るような酸味に出会いたいなら、グアテマラやコスタリカへ。
- まだ見ぬ可能性と、コストパフォーマンスを求めるなら、ホンジュラスやエルサルバドルへ。
- そして、人生を変える究極の一杯を体験したいなら、いつか必ずパナマの扉を叩いてみてください。
この図鑑をあなたの知識のコレクションに加え、ぜひ次のコーヒー豆選びに役立ててください。「宅カフェ向上委員会」の探求の旅は、まだまだ続きます。
ご紹介したコーヒー豆を実際に探せるお店
ご紹介した中南米のコーヒー、試してみたくなりましたか? PostCoffeeのマーケットプレイスなら、日本中の有名ロースターが焙煎した様々な国の豆を、農園や精製方法を指定して探すことができます。
自家焙煎専門店
下記の自家焙煎専門店は、常に高品質で多様なシングルオリジンコーヒーを取り揃えています。特に「ROKUMEI COFFEE」は日本チャンピオンのお店として、パナマ・ゲイシャのような最高級の豆を扱うこともあります。
ROKUMEI COFFEE
もし、あなたの好みが『中南米の、ナッツ系の甘いコク』だと分かったなら、その情報をPostCoffeeのコーヒー診断に入力してみてください。きっと、あなたの知らない最高のブラジルやエルサルバドルが届くはずです。
豆善 (Mamezen)